『素顔の時間』は中年の必読書!?中年の思いが細やかに描かれている

『素顔と時間』は眉村卓氏の短編小説集です。表題作は、日常の時間と「延伸時間」と作中で表現される不思議な時間の両方を過ごせる人たちの物語です。延伸時間は年齢によって長さが異なり、若くて体力があるほど長い延伸時間を持つことができます。延伸時間には超能力を使って飛ぶこともできます。

延伸時間には、人間は本能の赴くままに生きます。善悪の境は延伸時間内には存在しません。最初は快楽を生みやすい時間として描かれますが、主人公が中年になり、結婚してパートナーとの間が上手くいかなくなると、延伸時間の別の側面が見えるようになります。

延伸時間外では、なんとかつながりを保とうとしているのに、延伸時間内には本能の赴くままにつながりを拒否します。延伸時間に、主人公は大した期待をしなくなります。

収められている短編は、いずれも中年に差し掛かった人間の思いが汲み取られています。若い時ほどスイスイ生きることができないもどかしさ、若い時の残影を感じざるを得ない悲哀、ゆっくりとでも歩みを続けようという地味な決意など、中年を生きる人間なら、誰しも共感する思いが事細かに描かれています。

眉村卓氏は、空想の世界を描写するのが得意です。本作も、設定に空想の世界が入り混じっています。しかし、眉村卓氏が力を入れているのは、中年の人間の悲哀としたたかさの描写です。空想の世界が入り混じっているだけに、陰鬱にならずに、灰色の日常が描写されています。