漫画『デスノート』から学んだ、人間の心の闇

「デスノート欲しいですね、先輩だったら誰の名前書きます?」これは実際に会社で後輩に言われ、耳を疑った言葉です。
デスノート欲しい奴なんているんだ・・・そう思いました。
大学時代、この漫画を読んだことがない部活の同級生にあらすじを聞かれ、人を殺せるノートの奪い合いであると説明したとき、彼は「そんなノートが欲しいのか?」と疑問を口にしていました。
もっともな疑問だと思いました。実際、私も誰かを殺したいとか、死んでほしいと思ったり願ったりしたことが一度もないのですが、世の中の多くの人は、誰かの死を願った経験や、殺したい相手の一人や二人はいるものだと聞きます。
デスノートが欲しいと考える読者もたくさんいるのです。
私にはとても理解できませんが。それがこの漫画に触れて驚いたことのひとつです。
そしてもうひとつ驚いたことがあります。それは、悪の大量殺人鬼、主人公の夜神月が最終決戦で負けた事に不満を持っている読者が大勢いるという点です。ジェバンニが一晩で細工を施したのは無理がある、という理由で突っ込んでいる読者が大勢おり、その点については私も同意なのですが、問題は、夜神月というキャラクターが負けたこと自体が不満、という読者の声です。
悪人が負けるというと、物語としては当然の結末のように感じます。
しかし、読者は長らく主人公である夜神月の視点で物語を読んできました。
そして、途中から現れた新参キャラクターであり、性格上問題のある人物であるニアという少年に負けた事に納得がいかなかったようです。ニアは普段から、その内面の読み辛さから、読者からあまり親しまれていないキャラクターでした。
つまり、たとえ悪の大量殺人鬼でも、キャラクター的な魅力が勝っていれば、読者からの支持を得る事ができるということ。
『デスノート』は、作品に対する数々のネット上の反応から、人間の心の闇を教えてくれました。